2009/02/24

毎度おなじみミッドナイトエクソダス

ミッドナイトエクソダス、つまりは深夜の現実逃避w
なんでも英語でいえば良いと思ったら意味が分からなくなる一例ですね。

さて、トルコに行ってきて、身も心もリフレッシュされました。老後はサフランボルで過ごしたい。

まぁやはりというか予想通りというかdeadをはるかに越える書き込みなんですが、社会起業家について。

社会起業家
一言で自分の思う定義を言うと、社会的利益(社会貢献、福祉、ボランティア)と、経済的利益(カネ)を両立するためにビジネスを手法として社会貢献を行っている人、団体を指しているのだと陽太の中ではしています。最近何かと話題になる「社会起業」や「ソーシャルベンチャー」という言葉も、これと関係を深く持っているわけです。最近有名な例としては、銀行としてきちんと収益を上げつつ着実にアジア最貧国であったバングラディシュの貧困層を減らしているアプローチを生み出したグラミン銀行のムハマド・ユヌス氏が挙げられます。
私的には利益を継続的に上げ続けることに、持続可能性を感じるし、他の理念だけの社会貢献には無い可能性を感じるわけです。それでは社会起業家はよいことばかりなのか。それはまた次回

2009/01/25

外からの視点

昨日は縁あって慶応大学にお邪魔して、おしゃべりする機会がありました。
やはり違うコミュニティに行くことは新鮮で楽しかったです。これからもどんどん外に出ていきます。声がかかれば、ですが笑

そこで色々と偉そうに話していて、見つめなおすことが出来たなと思ったことは、やっぱり自分は「伝える」ということに楽しみを見出す人間なんだなということ。

その時その時で、伝えたいと思った景色、状況を伝えたい人たちにより多く伝えること、そんなことを軸にしていきたい。

ということで、浅はかな知識ながら、このブログでもより伝えることを意識した記事を次回よりかいてみます。期限とか合った方がやる気でるので、来週日曜までに「社会起業家」についての記事を一本かきます

2009/01/12

真夜中のキャリアプランニング

ブログなんて書いてる暇ないのにー。
今日寝るまでに後2000字、明日4000字、英文レポート一つ、来週ファイナルプレゼン2本。テスト2つ。

貯めこんでいたツケとはいえ、これはきつい・・・

なのに嗚呼、それなのに嗚呼、やはりやってしまう
youtubeめぐりではありません、思いつき読書でもありません。まーどっちもたまにはやるけどw

「夜中のキャリアプランニング」
それが自分の0時から3時くらいまでのホットなトピックなのです。
もうすぐ3年。どうしよう。

「そこそこの人生を送るか、これ以上ないと思える人生を送るか」
周りを見渡せば、もうなんでもあり。
休学、留学、世界一周、バックパック、ピースボート、海外ボランティア、大学院、NGO就職、・・・

願わくば全てお試ししてから、いつ何をするのかを決めたい・・・

だがそうもいかないから、ベストの選択肢を後悔しないために、0時から3時までの時間てあるんだな・・・と。

それではまた現実に戻って書き始めます。
トランスローカルコミュニティとして地域を捉えることについて・・・なんじゃそりゃ!

2008/12/29

としのせ

ご無沙汰です。

2008年も残すところあと、数日・・・
いきなりですが、目標はありますか?僭越ながら、自分にはあります。
ではそれを「努力」とか、「頑張る」とか言った月並みなことで達成できるか・・・
答えはすぐには出ないけど、難しいでしょうね。だって目標たかいもん

もはやブームといわれて久しい勉強法の本などを読んでいると、差はあるけど大体共通しているのが一週間、一か月、一年の時間軸分けて目標を策定、修正していきながら達成をめざすというのが多い気がする。
これがまた苦手なんですよ。手書きとか、PC上とかいろいろやってみたけど、結局長続きしたことがない。先輩にも言われたけど目標を立てて、振り返って評価することが成長を実感する唯一の方法だというのは同感なんだけど、やっぱりその日その日を最大限頑張ることに終始してしまう。

前置きが長引いたけど、要は2009年ここだけは達成することをリスアプしようと。胸に刻むと同時にブログにも刻もうかと。

もう前置きはいらないね

①語学→TOEIC900点 チャイ語、スパ語のなにかしらの検定
②政治→新聞の政治欄くらいは納得して読めるようになる
③文化人類学→自分の専門分野だと自信を持って言えるようにしておく
④ジャーナリズム→仕事として考えて、現実的な職業を見つける
⑤NPO,NGOの知識を深める

2008/11/21

荒れる

最近、色々と荒れている。

忙しいのは好きだが、不安定は好きくない。
徹夜するほど物事にのめりこむのはすきだが、睡眠不足はすきくない

夏の間中国で平均9時間睡眠で貯めていた分がDRAIN!
普段はこんなエセ英語ブログで使うのは一番嫌なはずなのに使うあたりがあれている影響か

荒れていながらも、抑えるところは抑えていると思っている、が、+アルファが足りない。
波に乗るまでは、何回波にのまれるだろう

人には「壁になんてぶちあたってなんぼだよ」というくせに、分かっている。
壁に当たるのは怖いし、いたいんだ

2008/10/26

サンクションとは

少し中国から離れて最近ファンになった辺見庸さんが書かれている文章を記憶の限り

”サンクション(経済制裁)という言葉について、一般的に大きな誤解がある。それはサンクションを受けた国家のトップが、必ずやいつかそれまでの所業を悔い改め、サンクションを行った国に服従してくるだろうというものです。この楽観的、かつ傲慢な思い込みは、サンクションを受けた国家(ベトナム)に長い間滞在していた身からすると、ひどく滑稽に映ります。一般にサンクションを受けた国の民衆は、疲弊し、虐げられる一方で、国家の元首は豪邸に住まい、パーティを開き、何不自由ない生活を民衆からの搾取により続けます。ニュースはより飢えに苦しむ民衆の国の元首ほど、腹が突き出ているのを証明しています。つまりは、サンクションというものは、責任を本来負うべき元首にではなく、直接的に民衆を直撃するのです。結果としてサンクションを受けた国の民衆の心に残るのは、サンクションを発動した国に対する嫌悪と、憎悪の気持なのです”

図書館に返却してしまったので、記憶の限りだけれども思い出す限りをかいてみた。
うーんこのことについては自分も「一般」の部類に入るような誤解を一部持っていた。
確かに金正日だったりムガベ首相はずいぶんいい腹を持っている。

援助物資が直接民衆に渡らないという話はよく聴くことだけれど、考えてみれば同様に外部からの制裁をコントロールして民衆にのみ当てることも可能なわけだ。

最近思うことは、こんなこと知ったからっていつなんの役に立つのか分からないけど、超実践的な経営学とかよりこっちの方が眠くならずに読めるんだ

2008/10/08

挨拶が表わす国民性

実は土曜日に帰国していますが、記憶の続く限りもう少し中国関連のことを書きます。

北京の街で顔見知りに朝、もしくは昼時に会うと「ニーハオ」の次に良く耳にする言葉が、「チーラーマ?」です。 中国語初心者の自分でもこのあいさつは聞けばすぐに理解できました。ただ何事もそうですが背景を知るともっと引き込まれます。「チー=食べる、ラー=動作が完了したこと、マ=語尾に付けることで疑問を表わす」合わせて「チーラーマ?食事はしましたかorご飯食べましたか?」
ここで、「はい、食べました」というと、大体その食事で何を食べたか、おいしかったかなどの会話に移ります。「いいえ、まだ食べてません」というと、仲が良ければ食事に誘われたり、おすそわけなどをしてもらえたりすこともありますが、英語のHow are youと近いニュアンスであまりその疑問自体に深い意味は無いような印象を受けました。
この挨拶、元々は1978年の改革開放政策以前の、中国市民が満足に食事をとることが出来ない時代の名残だそうです。つまり定期的に三食食べることのできる人口が当時は少なかったがために、この一見自分の目には当たり前or意味が無いことのように思えた質問が成立するわけです。

それではわれらが日本はどうでしょう。「すいません」もよく日本人を典型的に表す言葉に登場しますが、大学生の自分としては普段自分の生活でしょっちゅう耳にする言葉、「おつかれ」を例にしてみます。すれ違いざまに友人に「おつかれー」別れの挨拶にも「おつかれー」。 日本人はそんなに疲れるのが好きなのでしょうか。
そんなはずは無いと思いますが、頻繁に登場することは確かです。
この言葉の使い方は人それぞれだと思いますが、自分にとっては2限(10時40分開始)に大学に来て1時間半の授業を2つ3つ出席した程度で「お疲れ」は、そりゃないだろと感じます。ましてや決して人のことは言えませんが、寝ない学生がどれだけいることか。
それでも相手の日々の苦労をねぎらう「お疲れ」は頻出ですし、実際僕も使わない日の方が珍しいです」

ところ変わって自分の住んでいたい米国西海岸では、皆さんご存じの「How are you? →I'm fine. Thank you」です。そんなにアメリカ人は相手の機嫌を知りたいのでしょうか。
これもそんなはずはないでしょうが、決して彼らのライフスタイルと無関係ではないように思います


「そうだったのか」と思った瞬間の何とも言えない気持ちは、みんなに知ってほしいと思います。
僕はこれを一人で新聞を部屋で読みながら「へー」といいました

2008/09/20

パラリンピック バレー・ボール決勝の組み合わせ

やはりこうも連日パラリンピック関連のニュースを目にすると、書きたがりの身としては書きたくなります笑

ところでこちら北京では連日30分枠の国際ニュース(政治、天気予報を含む)の内、たいてい5分ほどをパラリンピック関連のニュースが占めるのですが、お決まりのようにメダルレースが毎日表示されます。そんなメダルレースそれとはなしに眺めていると、中国、イギリス、アメリカ、オーストラリア、ロシアと、やはり、というか当然というかいわゆる大国が揃います。
そんな中、パラリンピックバレーボールの決勝の組み合わせ、ボスニアヘルツェコビナ対イランを見て、背景を知らなければ不思議に思う人も多いのではないでしょうか。
大陸も違う、似ていることといえば語弊があるかもしれませんが小国ということくらいの両国の共通項は、「戦争」です。特にうち続く内戦の影響、さらに言えば膨大な数の地雷により下半身が不自由な人口の多いという悲劇が、図らずもボスニアヘルツェゴビナをパラリンピックバレーボール決勝の常連に変えました。ちなみに試合はイランが勝利しボスニアヘルツェゴビナの連覇を阻みましたが、負けて退場する彼らの背中には日本という国に生まれた私たちの多くが一生知らずに終わるであろう背負うものが感じられました

2008/09/14

パラリンピアンの持つ強さ

9月8日 くもり
インターン先の施設が障害者を扱う施設ということもあり、今日は施設の仲間たちとともに車椅子バスケットボールを観戦しにいきました。ドイツ対アメリカの試合だったのですが、ラッキーなことに前方5列目ほどにドイツのサポーターが10数人陣取っており、ことあるごとに「ドイッチェランド!ドイッチェランド!」の歓声。ドイツコールを北京できくことになるとは予想していなかった分、新鮮でした。前方の顔を赤らめたドイツ人男性が「うーうぁ!」というあまりテンションの上がらないかけ声を共に後列の私たちにウェーブを促します。ノリの悪い自分は手をひざから数センチのところでムズムズさせていると、前方のドイツ人軍団の中に1人の義手をはめた姿が目に入りました。よく見ると一人ではありません。程度の差はあれ、2、3人。彼らには上げたくても上げる手がないのです。かわいそうとか、自分に手があってよかったとか、そういった感情をすべて乗り越えたものがそこにはありました。事実、パラリンピックが毎回すばらしいキャッチコピーをつけても、心の中でいくら声高「One World, One Dream」を叫んでも、事実、二の腕から下の無い青年が、そこにいるのです。彼らの心の強さとは対照的な小さな気恥ずかしさから両手をあげない自分を尻目に、彼は力いっぱい笑っています。自分が今まで見えていなかった「強さ」を胸に笑っています

2008/08/23

ボランティアにも助けられて

早いもので、ついこの間始まったと思っていたオリンピックも今日と明日の閉会式を残すのみと
なりました。といっても普段の生活を送る分には北京の町はあまりオリンピック一色といった感じも
なく、職場の同僚もいつもと比べて静かなくらいだといっています。普段の雰囲気を知らない自分は
その点についてはわかりませんが、このオリンピックに伴って大増員されたという市内のボランティア
たちにはもしかする普通の観光客以上に助けられています。日本でも見かけによらず?抜けている
自分は、先日地下鉄の駅に携帯を忘れるという失態を中国に来てまで犯してしまったのですが、
翌日違う駅の通訳のボランティアに手助けしてもらいながら奇跡的に見つけることができました。
見つかったとわかったときにその時助けてくれた数人も共に喜んでくれたことで心がほっこりしました。
話はオリンピックに戻りますが、町は静かといってもテレビなどのメディアの盛り上がりは対照的です。複数のチャンネルでの同時放送はもちろん、連日オリンピック関連の番組が続きます。
テレビからでもメダルを取って涙する選手、一つの「国」を背負うという期待に、時にはプレッシャーに、崩れ落ちたり、歓喜したりする選手たちを見ていると、彼ら一人一人のストーリーが、それぞれ
の形で一つの終わりをつけるその瞬間を見ているようでなんともいえない気分です。うまく
言葉にできませんが、刺激されることは確かです。
こんな風に自国の、時には他国のアスリートの最高に光る瞬間を目にした世界の子供たちが、また
そのスポーツを始めてここまでオリンピックが続いてきたのでしょうか・・・

明日はこの雰囲気を感じに、チケットも持たずに鳥の巣に行ってきます!

2008/08/17

オリンピックとフートンと 

夏休みの間インターンをしているNGOでの第三週を終えました。先週の金曜はオリンピック開会式のため研修先が休みだったため、一週間フルに働くのは今週がはじめてでしたが、慣れも大きいせいか体力的な疲れはあまり感じない。でも新しい環境での生活はやっぱり精神的にちょくちょく気を使うことが多いです。普段、日本で何気なくやり過ごしていたこと、バスに乗る、レストランに行く、何より普通に話すことに少しずつ神経を使っている気がします。もちろんその一方で普段なら見過ごしてしまうようなことに気づかされることも多いです。今ではガイドブックにも少しずつ掲載されるようになってきているので知っている方もいるかもしれませんが、フートンと呼ばれる裏路地に入ると、華やかで便利な北京のイメージとは正反対の地元の人たちの日常生活が見えてきます。彼らにとってオリンピックはどれだけの意味があるのか不思議に思えるほど、いつもと何も変わらないような生活を送っているように僕には見えました。
オリンピックと言えば、ついに先週オリンピックが開幕しました!開会式当日は街中で雰囲気を感じたい気持ちもありましたが、友人が我が家に来るとのことだったので無念のテレビ観戦となりました。しかし集まってきた友人が友人を呼び、結局集まった国籍はフランス、ベトナム、スイス、タイ、マレーシアと多国籍軍団となり、選手入場の際にはそれぞれの自国が紹介されるたびに歓声が上がります。(自分も日本の入場の際にはもう少し愛国心を出すべきでした笑)こちら中国でのテレビ局でさえオリンピック政治的側面が議論されていますが、こういったセレモニアルなイベントを見ると、そういった背景を一切無視して、アスリートたちの技術にひたりたくなる気持ちはみんなが共有している部分だと思います。

それでは再見!

2008/08/04

1st report from China

7月29日夜9時、初めての中国に降り立った。移動時間も3時間ほどで思ったより疲れることもなく到着する事ができた。北京について最初の数日間は曇りの日が続き、日本と違いあまり湿気を感じないせいか涼しく感じます。到着後3日目に初体験した北京の雨の日は、Tシャツでは肌寒く感じるほどで軽い避暑気分です。しかし予想通り戸惑ったのは中国語でした。大学での第二外国語もスペイン語の私は通じないものと覚悟はしていましたが、久々に痛感するコミュニケーションが出来ない、という辛さに最初の数日は本当に打ちのめされました。この個人的には異空間に等しい場所で、私は現地のNGOで2ヶ月間のインターンをする。うまくいかないことの方が多いでしょうが、世界共通の写真とボディランゲージを駆使して、充実した時間にしたいと思います。

2008/07/14

背負った言葉とサポート刻んで


まぁ、言うまでもなく、助けられてるわな。

必ず還元する責任がある。

周りに何かを与えることなしに、「自己成長」を目指していた去年の自分、どれだけエゴイスティックで、雲がかかってたんだろう・・・

てか、今でも雲はたくさんかかっているはずだけど、少しずつかき分けて、大きな人間になれたらいいな

2008/06/23

今日刻んだ言葉

どんなにアツい気持ち、コトバをもっていても、それを実行に移さなけりゃ意味が無い。
しかし、スキル、知識が無い状態で行動して周りに迷惑をかけたり、ましてや死んだらそれは意味なし。

人は本当に意識の根本的なところで「知る」と、例えば「国際貢献しよう」とか「環境保護しよう」とか理屈じゃなくて行動から変わってくる

国連機関が一年間で援助する食糧と同じ量の残飯を捨てている国、日本にいる自分が、いくら映画観て泣いて、知識蓄えておごっても意味無い。

必ず、何かする

2008/06/19

【お願い】

08年度夏休み、自分は、自分の知らない世界の人たち(中国)と写真を使って交流しようと思っています。日本人の視点から撮る「日本」や「日本人の見る景色」をまとめて、国籍の異なる人々に見せることで、「日本」を紹介しようと思っています。 皆さんがデジカメ等で撮った写真で、感情を動かされた写真はありますか? 笑ったり、泣いたり、なんでもかまわないので、これだ!と思う写真をデータで持っている人は、陽太のPCアドレスまで送ってもらえると嬉しいです。 データで無い人は、スキャナがあるので直接会って貸して下さいw 自分が絶対責任もってまとめて一つの形にしてこの夏に活かし、また協力してくれた方には必ずその経過、結果を自分の出来る最高の形で報告します。 出来れば日本からも使い捨てカメラをたくさん持って行って、現地の人たちに彼らの視点からも中国の写真を撮ってもらい、写真を使って交流したいと思います。やれるところまでやってみたいと思うので、協力を待ってます!

2008/06/13

絶対安定

色々と人と違うことをやりたいわけだから、周りと違う景色を見たいわけだから、人と違うことをしなきゃならないわけだ。でもそれは好きなことを好きなだけするわけじゃない。

まずは基盤を安定さして、人と違うことをする基盤になる身体を作らなきゃ。
とここ2、3日の荒れ果てた生活からくる反動に悲鳴を上げた自分の体が語りかけてきた。

生活を安定させる事と、人と違う景色を見ることは(ある程度)両立するってことを、身を以て証明したい。

2008/05/14

理想主義?ポジティヴ過ぎ?

夢は叶うとか、努力しても無駄とか、そんなの結局分からない。
今自分が一番良いと思うやり方で、とことんがんばるだけ

2008/05/07

自分を持つということ

人は、流される。
まして自分は大学生。19歳と3ヵ月がやっとたとうとしている。
この時点で自分にゆるがない軸があって、ひとと話しても、何も揺るがなければ、それは凄いことだと思う。けれど幸か不幸か、自分はそんな揺るがないことは難しい。
人の考えを聞けば、大なり小なり自分の考えも影響を受けるし、自分の揺るがないと思ってた自信だって簡単に突き崩される。 このブログの方針だってそうだ。
別に自分が特別弱いとも思わない。だってこれも人に聞いて、当たっている部分が多いと思ったことだから。そうやって砂場で転がりまわっているウチに、崩れない、固い中心が形成されてくるのかな。

2008/02/24

「ジェノサイドの丘」を読んで

もはや当初の目的からだいぶ脱線した投稿が続く・・・



タイトルの本を読んでいて、まったくの引用ではないが、共感出来る文が出てきたので自分の考えと合わせつつ紹介。

例えば一年前の段階の自分は、その時の一生懸命になれるもの(当時は演劇)があり、充実していて、楽しかった。自分の周りの小さなコミュニティで活動し、ベストを尽くし、言うまでもなく最高に楽しんだし、良い経験だった。それは、それ、今は、今、である。



この一年で、映画、現在自分のいる団体での機会、授業、様々なことを学んだ。あまりに「学んだ」とか「成長した」とかを使い過ぎて(実際学んだし成長もしたが)、最近は軽率にそんな言葉を使い過ぎる。

自分でも成長を実感する一方で、周りが見えてきた分自分と同世代で圧倒的な視野やすごさを持っている人にも会う機会も多かった。最近思うことは、ある意味大学での特に最初の一年、「成長する」のは当たり前である。別に自分が100回「成長した」を繰り返しても、その分余計に成長するわけではない。最近チームで活動することが多くなり、頑張っている仲間に「がんばって」とか」「自分に出来ることは言って」とか機械の如く繰り返し言うが、では「成長した」自分に何ができて、どう助けられるのか、すごく限られている。 第一、自分に「がんばって」と言われたからといって、劇的に元気になったり、新たな力がわいてくるほど、今の自分の周りにいる仲間は弱くない。

今一番しておきたいことは、どんな形であれ、手助けを求められたときに、対応出来る自分の力をつけ、余力を確保しておくことだ。



長い意味不明な前置き



今日、タイトルの本から何を伝えたかったかとういと、自分の今の生活の「軸」となっているものを明確にしたかった。時折思うのは、自分は何が楽しくてこのような、いわゆる「カタい」ことに関する本を読み、そんな団体に所属し、そんなことを考えるのか。はっきりしていることは、それが自分を動かす大きな原動力であり、何より安心するからである。

例えば、ジェノサイドに関して、善悪などとっくに分かっている。だがそれでもこの問題についての本を読むのは、知ってしまった以上、無視するのが、その存在そのもの、そして自分のそれとの関係以上に恐ろしく思えるからである。自分の話を聞いてくれる人みんなに言うことだが、このことを四六時中考える器は自分には無い。だが頭の片隅に置き、自分の行動が何かしら繋がり、自分が救いたい人たちの解決に繋がっていると意識した上での行動は、自分にとって「楽しい」し、「軸」がある。知ってしまったが為(後悔はまったくしていない)、もうその光景を忘れてしまうことが怖い。だから何かとこじつけや矛盾も多いのを知った上で、自分の行動をつなげようとする。何故なら理想があって、それに自分が近付いていることを意識しながら動くことが、何より安心するし、そういう考え方をしないと長続きしないと思うから。

2008/02/13

W.リップマン「世論」を読んで

今日は少し脱線して、現在呼んでいる「世論 上・下巻」w.リップマン著 から学んだ報道の引用を数点。
「まず第一に、ニュースは社会状況の全面を映す鏡ではなくて、ひとりでに突出してきたある一面についての報告である」
また、
「読者に届けられる新聞は、ひと通りの選択が全て終わったその結果である。どんな項目を印刷するのか、それはどの場所に印刷するのか、それぞれがどれほどのスペースを占めるようにするか、それぞれがどんな点を強調するか。このような選択にあたって客観的な規準といったものはない。あるのは慣例である」

この二つの文には、自分の持っていた報道への概念が大きく突き崩された。
例えば、自分が日々目を通して知った気になっている世界はすでにある立場にいる人によって取捨選択を熟考の上になされた世界ということになる。
しかしこの文は新聞の負の側面をつきはするが、それは新聞を読むこと自体を否定するものでは断じてないと解釈している。彼は、W.リップマンが言いたいのは、これほど当然の如く日々の自分たちが目を通し、また多くの人がそれすらもしない新聞というものの、難しさ、社会的評価の乏しさを説いている。
また、リップマンは他の分野と比較して医学、工学、法学などのレベルまでこの職業を高めていくような努力が今までほとんどなされてこなかった理由は、いったいなんであるかを説いている